少しづつ取り戻す感覚
例えば、重ね着。着ている人そのもの体型や質感は見えづらくなり、体温も伝わりにくくなる。厚着をすると身動きの自由が奪われたり、服の重さで肩が凝ったり、呼吸が苦しかったりもするけれど、昔からの習慣で自分の体の一部のようになってしまったものだから、厚着によるその不自由さや不自然さに気がつくことができない。
自分という領域が、しっかりと幾重にもなった布で守られているという安心感がある一方で、それらは自分のこころやからだが傷つかない為の、目には見えないバリケード。常に緊張状態が続いているようなもの。
心を守る為に、あらゆる感覚に鈍くなることも身につけていく。心も硬くなっていく。自分を守るためだったはずの厚着から生きづらさや息苦しさを感じ、社会からは孤立していく感覚。
人肌の温もりを介して届けられるレイキ(靈氣)=自然のエネルギー(氣)が身体中をめぐり、必要な分のエネルギーが満ちてくると、徐々に緊張は緩んでいく。自ずと呼吸も深くなっていく。温かい陽が差して春の訪れを感じるように、たくさん着込んでいる状態から1枚づつ手放していく。
外から無理矢理に薄着になることを強要されたり、急かされたりはしない。自分のよいタイミングで薄着になれるまで待ってくれる優しさと寛容さがレイキ(靈氣)にはある。手放した分だけ身軽になり、自分を感じる感覚も戻ってくる。少しづつ薄着になっても大丈夫という安心や自信が取り戻せますように。
きっとあなたも、大丈夫。
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